葵新吾 -*大好き大川橋蔵ファン広場*- 掲示板

「若さま侍」「新吾」「銭形平次」といえば『大川橋蔵』を思い起こすという程今もって揺るぎない時代劇スター。 二十年に及ぶ歌舞伎界から映画界へ、デビューするとすぐに時代劇スターのプリンスとしてトップの位置に。天性の気品があり、華麗で颯爽とした二枚目大川橋蔵さんに魅せられたファンの皆様 橋蔵さんに関することなど楽しく語り合いましょう。橋蔵さんの素晴らしさを伝えていける処をと思い、大川橋蔵ファンサイト立ち上げました。橋蔵さんについて教えて、橋蔵さんをもっともっと知りたい、いろいろお話いたしましょう、書き込み待っています。 ◆このサイトは、非営利で運営しておりますので、画像・写真掲載等に関して、関係者皆様の温かいご理解を切にお願い申し上げます◆


カテゴリ:[ 俳優 ] キーワード: 大川橋蔵 銭形平次 葵新吾


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[1282] 「美男の顔役」ここも見なきゃだめよ

投稿者: 金糸雀  投稿日:2017年 7月21日(金)00時07分36秒   通報   返信・引用   編集済

昨日も「美男の顔役」リアルタイムで鑑賞・・飽きないねと言われそうですけれど、好きなんです。
橋蔵さまの市之丞・・・一コマ一コマに魅力が詰まっていて、話しだしたら止まらないかもしれません。
それをわかってかどうか、放送日も時間帯も最高でした。

今回は、市之丞の台詞の言い方、抑揚でさすがと思い、大好きなところを・・・。
前半は喜劇的面を多く持ってきていますね。橋蔵さまはわざとらしさがなく、すんなりと喜劇面をこなし
てしまう。

女の人に持てる市之丞ですから、女難が常で大変。
美人局を協力した勘美津に言い寄られての勘美津に代わって言う台詞の言いぐさ。
市之丞「私だって水商売の女だし、金子市之丞様の奥方になろうなんて言いやしない。
    他に何人女がいたっていい、飽きがきたら捨ててもかまいやしない。
    楽しい夢を10日でも20日でも見さいすりゃ私の気持ちがおさまんのよ~、なんて抜かしやがった
    くせに」
台詞の抑揚がいいんですねぇ、そして、その抑揚に橋蔵さまの声音が面白く聞かせてくださいます。
その後に来た琴江が、さっき市之丞が勘美津にいっていた台詞と同じことを。
市之丞「初めはみなさん、誰でもそうおっしゃる」(1番目の画像)
もう、その台詞は聞き飽きた、という表情をする市之丞。さめたような目をして可愛いです。
ここで、癇癪を起こした勘美津に物をぶつけられるところといい、琴江に言い寄られて後ずさりするところなどは、何気なく動いているが、橋蔵さまの喜劇の要素の上手さの一コマを見るところです。

大広間で市之丞が、腰元になる勘美津、おその、お峰を相手に直次郎のお袋さんを喜ばせる一世一代の大芝居の稽古をしています。凛々しい侍姿の市之丞は様になっています。素敵で格好いいな、と映画館で見ていた皆さんは、まさかこの後に、市之丞があのような言い方をするなんてだれも思わなかったと思うのです。映画館で見ていた観客のリアクションが見て見たかったと思ってしまいます。
市之丞「ご母堂様には、長の道中つつがなく終えさせられ、本日めでたくお屋敷へ。芯、金子市之丞」
(音羽屋!と声をかけたくなります。)
市之丞???うしろの3人の腰元の方を見て<
市之丞「おいおい、おい」
3人は”どうした”というように・・それを見て
市之丞「何も分かっちゃいねえんだなあ。すぐ後を、おめえが続けるんじゃねえかよ」
それで、3人が自分たちの名前を告げるのですが、言い方が腰元とは程遠いもので、
市之丞「なんだそりゃ、だめだなあ、もっと丁寧に言わなきゃだめよ!」(2番目の画像)
(“もっと丁寧に言わなきゃだめよ”この言い方何度聞いても可笑しくて笑っちゃうんです。橋蔵さま、ほんとお上手。真似して見てください。本当に飽きれたように強く言うのですが、橋蔵さまの言い方は強くてもトゲがないのです、可愛い。)

市之丞3人を睨めつけますと、腰元たち「いいわよ」「まかしといて」。
市之丞「いいな、よし、(3番目の画像)じゃ、あとを続けるぞ、いいな」
この「いいな」の言い方もいいですね。
そして、真面目に
市之丞「祝着至極に」腰元達「存知奉りまする」
楽しく愉快な場面が沢山沢山ありますね。


この作品で直次郎役の里見浩太郎さん、この役は合っていますね。
その里見さん、火曜日にNHKの「うたコン」にゲスト出演していました。
私は、氷川きよしさんが出るので見ていましたら、最初に氷川きよしさんと島津亜矢さんとの寸劇をやったのです。やくざ姿での登場でした。Liveということもありますが、立回りが少しあったのですが、見ていて悲しかったな。80才という年齢もありますが、年をとっても昔東映時代劇のスターであったのですから、寸劇でもキメを作り期待は裏切らないでほしい。だめなら、殺陣はやらないでほしかった。東映の時代劇スターはこんなものかと思われたくないもの。ご本人は「テレビや映画でこのようなやくざものがなくなってしまったので、今日は楽しかった」と言っていましたが。東映時代劇を愛し、大川橋蔵を愛してきたものとしてはガッカリしました。



[1280] 橋蔵さまは素敵!!

投稿者: カオリ 投稿日:2017年 7月20日(木)16時01分31秒   通報   返信・引用

暑いですね。我が家のお盆は7月、無事ご先祖様をお送りでき、のんびりとできるかと思っていましたら、孫を昼間預かることになって大変。
普通なら昼間の放送を見ていられるのですがしばらくは夜の放送をゆっくりと見るようになります。
リアルタイムでの「大江戸評判記美男の顔役」は土曜日に、若さまは好きな作品ですから来週は必ず見なければいけないわ。

作品の撮影に入ると、雑誌関係の取材などもあったでしょうし、作品は次から次へと待っているのですから、大変な時代だったのですね。ロケの移動もスムーズではなかったのですから、特に時代劇の俳優さんは、場面場面で撮る場所が違っていたでしょうから大変だったでしょう。
当時の雑誌は、スターの住まいの住所を必ず書いていたようですし、何処のお店にというのも簡単に書いていたみたいですから、京都の人近くにお住まいの方は、うまくすればプライベートの時間の橋蔵さまに出会う可能性が沢山あったのでしょうね。
橋蔵さま若尾様と楽しそうにお話されている様子、素敵。
橋蔵さまの舞台での舞踊見たかったです。橋蔵さまのお顔立ちはとてもいいので素踊りでもいいですね、ますます惹きつけられます。




[1279] 素踊りも素敵で

投稿者: 芙蓉 投稿日:2017年 7月20日(木)10時35分27秒   通報   返信・引用

こんにちは。先週と昨日と若さま「魔の死美人屋敷」の放送を見ていました。
若さま3作目のものですが、数か月でこんなにも若さまの風格が出てきていて、安心して見ていられるようになっていたなんて、努力家の橋蔵様でしたから、映画界に入って声の出し方、歩き方、殺陣と毎日の努力が見て取れます。少しまだ流れるところはありますが、殺陣がうまくなってきていると思いました。目線の動きもこの映画あたりからクローズアップするようになったのではないでしょうか。
若さま侍捕物帖は、謎解きでも楽しく見ていけるので好きな映画です。粋で格好よく着流しに懐手で歩く姿は、何といっても橋蔵様だからこそ様になるのです。

金糸雀様
私も金子市之丞がとても素敵で大好きです。これから「美男の顔役」の放送がありますので見る用意をしています。
各映画会社のスターさん達の交流の場として、ダンスパーティーが開かれていたのですね。
五社協定が敷かれている時ですから、各映画会社の素晴らしい人達が集会して話にも華が咲いたでしょうね。

橋蔵様の舞踊姿をもっと目と心に焼きつけておければよかったと残念でなりません。
扮装の舞踊は勿論いいですが、素踊りは橋蔵様の独特な表情が素敵で橋蔵様自身が見えて来て大好きです。

ブログの方は、次は「喧嘩道中」ですね。まだ若くかわいらしい草間の半次郎楽しみにしています。

では、「美男の顔役」の放送ですので、東映チャンネルにチャンネルを合わせて待つことにいたします。




[1278] 撮影合間をぬって忙しく

投稿者: 金糸雀  投稿日:2017年 7月19日(水)22時11分55秒   通報   返信・引用   編集済

日本の気候も変わってきました。”線状降水滞”というものが暴れまくるようになり、川の氾濫、土砂崩れと、各地で起きています。それと共に急な天候の変化も・・関東でも一昨日上尾で突風が荒れまくったと思ったら、昨日は江の島でも凄い突風が吹きまくりました。
東京も、凄い大風大雨に雷が伴い、場所によっては大粒の雹が降ったところもありました。
そして、今日は嵐が去ったあと、関東まで”梅雨明け”たという発表がありました。
これからが夏本番となり厳しい日が続きます。

橋蔵さま「修羅時鳥」から「若さま侍捕物帖鮮血の肌着」の撮影の合間のちょっとしたことを書かせていただきます。
撮影の合間も忙しい橋蔵様、1957年2月末には京都南座で催された藤間勘五郎舞踊界会に出演されました。(敬称略)長谷川一夫、中村雁治郎、中村扇雀、市川雷蔵、大谷友右衛門、勝新太郎、中村玉緒、世家真ますみ、藤間大輔、藤間紫、宗家の勘十郎、という顔ぶれで賑やかでした。
昼の部で大輔さん、ますみさんと「松竹梅」を踊り(1番目、2番目の画像)、夜の部は勘十郎さん、勘五郎さん、雁治郎さんの「寿式三番叟」で後見をつとめ、久しぶりに身が引き締まる舞台であったと言っていました。
1957年3月初めには俳優協会京都支部青年部主催のカクテルパーティーが都ホテルのホールであり、橋蔵さまは幹事として列席し、受付、応対、そしてダンスを踊ったりと大忙しでした。(3番目の画像は若尾文子さんと楽しくお話をなさっているところです)

そんな中、「若さま侍捕物帖深夜の死美人」がクランク・アップして次の「喧嘩道中」までに3日暇があったので1957年3月半ばに約2か月ぶりに東京に帰ってきましたが、ゆっくりと休んでいることは出来ず、東京でも目がまわるような忙しさで京都に戻って撮影に入りました。

そうそう、そう言えばこの時期に、東映に入社して間もない橋蔵さまに、”大川橋蔵松竹に入社”という新聞記事が出たようです。(私は小学低学年でしたし、新聞も雑誌も目を通すことはなかったので、当時は全然知りませんでした)この記事をみたファンの方々は、東映で地位を築きあげてきている橋蔵さまがどうしてと、一時心配したことでしょう。

そして、橋蔵さまの新しい魅力が花開きます。
橋蔵さまは、やくざものに初めて挑戦をしました。「旗本退屈男謎の決闘状」の半次役を見ていて、橋蔵さまのやくざものをいつか書いてみたいとおっしゃっていた比佐芳武さんが戦後片岡千恵蔵さん主演で書いた「おしどり笠」を橋蔵さまのために書き直したリメイク版「喧嘩道中」に挑むことになりました。画面もワイドスクリーンシステムの東映スコープという橋蔵さまの作品では初めてのものになりました。

今週木曜日と土曜日には、またまた「美男の顔役」の放送を見る予定でいます。作品を見ている時間暑さなんか何処かへいってしまいます。皆様も、素敵な橋蔵さまを沢山鑑賞して猛暑を乗り越えましょう。


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[1277] 貞仁さんのラジオ出演

投稿者: 橋蔵さん大好き 投稿日:2017年 7月18日(火)09時58分58秒   通報   返信・引用

お久しぶりです皆様毎日暑い日が続きますがいかがお過ごしでしょうか?私の知らない橋蔵さんのお話が沢山聞けてうれしいです、ところで先月貞仁さんがラジオ番組にて真理子夫人や橋蔵さんについて語られてたそうですが、どのような内容だったのでしょうか?どなたかご存知の方教えて下さい



[1276] 橋蔵さまの表情と目が語る

投稿者: 金糸雀  投稿日:2017年 7月17日(月)22時55分35秒   通報   返信・引用

皆様お出かけの3連休も終わりに、高速道路はUタンラッシュで夜遅くまで混雑状態とのことです。
気温35℃という中、私は家でエアコンと扇風機を使い分けながらの暑さ対策で忙しく過ごしていました。
そんな中、橋蔵さま作品「大江戸評判記 美男の顔役」をリアルタイムで見て、橋蔵さまの美しさに酔いしれ爽やかな涼を得ました。
「美男の顔役」では様々な表情を見せてくださる橋蔵さまがいますから、何回見ても飽きないですね、この作品は。ですから、この作品を見るたびに、感じるところは同じなのですが書きたくなってしまいます。(またか・・といわないでくださいね、橋蔵さまの作品にそれだけ惚れこんでいる、ということなのですから。)

一番に魅了させられるのは、市之丞が母を恋しがる表情です。そこに橋蔵さまの目が語るからすごい。見ている私は胸がつまってきてしまいます。橋蔵さまはこれでもかと虜にしていくのです。

直次郎の母おもんを迎えて碩翁の屋敷での宴。おもんが疲れている様子に、市之丞におもんが肩を揉むのが上手だと言われ、市之丞は「幼少の頃、よく母の肩を」とうそをつきます。お袋さんはまだ元気でいるのか、という問いに市之丞無言。「いはらいませんのけ」の言葉にここで市之丞の表情は・・・。
 おもんの肩を揉みながら瞼の母を思い出している心理描写を、橋蔵さまの表情が表していきます。
おもんが直次郎と踊っているのを見つめる市之亟丞・・胸がつまります。市之丞の心の中には、母への思いがあるのでしょう・・・辛くなってきますね。子守唄が静かに流れ、市之丞の気持ちをより強く映しだします。

おもんの知り合い彦六の娘を助け、追っ手が来るので3人は直次郎と国もとへ帰るようにと話すと、皆が一緒に来ないなら残るというおもん。それに対して市之丞はお伴をする・・・と、おもんたちを逃がすために、追っ手が来ることで命をおとかもしれないのだが、後始末をして数刻遅れていくと約束をしておもんを安心させるのです。
おもんの「何時ほど遅れまんねん」に市之丞「・・・明け六つ・・までには必ず品川宿のはずれで・・」と。
「ほんまやな・・・金子はん」「・・・必ず・・・必ず」という市之丞の表情に陰りが走ります。橋蔵さまは、こういう心理状態を表現するのがうまいし、そこに目でも語っているので、見ている人にすごく伝わるのですね。

品川宿外れでいつ来るかと待っているおもん。宗俊や丑松の姿がないので、おもんは市之亟に、「またあんた直ぐに引返しはんのけ」、市之丞「・・・すみません」と悲しそうな顔をしています。
おもんが市之丞に近寄って
「あんたさんに、もう一辺心ないことをたずねさせておくなはれやぁ。あんたさんのお袋さんはうんといいお袋さんでしたけ、そけとも悪いお袋でしたんけ。他人のお袋さんを恋しがさんのはな、うんとええお袋さんを持ったお方か、うんと悪い母親を持ったお方さんかの、どっちかに決まってまんのやで」
下を向いていた市之丞、おもんに何かを訴えるような目をして「ご母堂様、御免」と言い、おもんを後ろ向きにし、肩を抱いて「私の母は、私の母は子供の頃、私を捨てました」と
市之丞「すねたこの市之丞に、母親の姿を教えてくださったご母堂様に、たった一つお願いがございます」と涙目でおもんから離れて、「おっかさん」
おもん「・・はいっ」。 その時の市之丞の嬉しそうな表情。
「おっかさん」市之丞は嬉し涙で顔をゆがめ、去っていくのです。
宗俊と丑松を人質にして約束をした開け六つまでに帰ることを約束した市之丞に待っているのは、碩翁の「家賃は高くつくかもしれぬ」なのです。
母の優しさをおもんに見た市之丞は幸せな心持で、覚悟を決めて戻っていったのでしょう。

橋蔵さまの「おっかさん」に弱い私です。「旅笠道中」もそうでした。



[1275] 8月橋蔵さま作品スケジュール

投稿者: 金糸雀  投稿日:2017年 7月14日(金)22時58分30秒   通報   返信・引用   編集済

晴れ8月は今以上の猛暑の夏になるようです。皆様、体調管理に十分に気をつけて乗り越えましょう。カキ氷
東映チャンネル8月の橋蔵さま作品は「新吾二十番勝負~第三部・番外勝負」と「若さま侍捕物帖鮮血の晴着」になります。

8月 1日(火) 11:00~13:00 新吾二十番勝負 (1961年1月)
8月 2日(水) 11:00~13:00 新吾二十番勝負・第二部 (1961年7月)
8月 3日(木) 11:00~13:00 新吾二十番勝負・完結篇 (1963年7月)
8月 4日(金) 11:00~13:00 新吾番外勝負 (1964年5月)
8月 7日(月) 13:00~14:30 若さま侍捕物帖・鮮血の晴着 (1957年3月)
8月14日(月) 20:00~22:00 新吾二十番勝負
8月15日(火) 20:00~22:00 新吾二十番勝負・第二部
8月16日(水) 20:00~22:00 新吾二十番勝負・完結篇
8月17日(木) 20:00~22:00 新吾番外勝負
8月26日(土) 14:00~15:30 若さま侍捕物帖・鮮血の晴着
8月28日(月) 13:00~15:00 新吾二十番勝負
8月29日(火) 13:00~15:00 新吾二十番勝負・第二部
8月30日(水) 13:00~15:00 新吾二十番勝負・完結篇
8月31日(木) 13:00~15:00 新吾番外勝負

私は、「二十番勝負」はよい部分もありますが、やはり「十番勝負」だけでよかったのでは・・とも思っています。
といっても、「十番勝負」の一部二部の大部分がなくなっている今を考えれば、「二十番勝負」の作品があったことは救いかもしれません。(橋蔵さまの新吾が多くみられるのですから)
「二十番勝負」も二部までで仕上げた方がよかったな。完結までに少し長引かせ過ぎたような場面もあります。
「番外勝負」はその通り番外・・・この内容の締めくくりは、今までの新吾のイメージをひるがえすようで・・・高貴さがあり、剣の道を歩んで来た新吾のイメージが覆され、普通の人に、最後に好きになった人は、こういう気持から魅かれたの、とすっきりしないまま、新吾とのお別れになったことがわだかまりになってしまいます。

「新吾二十番勝負」
第一部・・最初の東映お得意の富士山の構図での、シーンは大好きなところです。
たか(由紀姫)と再会、ラブシーンもあり・・というところで邪魔が・・。父吉宗と無言で相対するシーンは、皆様の目も潤んだことでしょう。
第二部・・お縫と由紀姫から去っていく新吾。新吾は上高地へ剣の修行に・・。お鯉の方の気持ちを伝えるため向かえに来たお縫と共に帰り母との対面の寸前に、庄三郎先生の危篤を聞き、秩父へ行った新吾を待っていたのは、白根弥次郎との対決。
完結篇・・武田一真との最後の対決。巡礼にでたお鯉の方とのラスト病床での対面。
いよいよ新吾幸せに母と暮らせる時が来たと思える感動的ラストが待っています。
でも、そこまでの、今まで新吾が斬った人の遺族が集まっての新吾に委ねることへ持っていくところにちょっと・・。ここで、いとに魅かれる新吾ですが、今までの新吾が好きになる様子ではないのです。(私としては、いとは嫌いです。)
「剣を捨て母上といつまでもいつまでも」と言っていた新吾は・・・。

「新吾番外勝負」
新吾との対決を望みやってきた彦十郎との出会いが、母と静かに暮らしていた新吾に火をつけた。彦十郎に翻弄されながら、弓の修行に励む小貫姉妹と会い、小貫と新吾は魅かれ合う・・。彦十郎との小貫をめぐっての対決、「新吾様の妻で死ねる」と言い新吾の胸で息をひきとる小貫。「一緒に父と母のところへ帰ろう」といい山を下りていく新吾。
新吾の今までの人生ってなんだったの??

「若さま侍捕物帖 鮮血の晴着」
私は、若さまで一番好きな作品です。若さまの良いところが詰まっていて、下手な小細工が無く、大好きです。
最近、ブログにも書いていますので、それを見ていただければ、私がおすすめする箇所はお分かりになると思います。


◆芙蓉 様

私もこのところ時間的にリアルタイムで見られるので、またまた「炎の城」見ました。
橋蔵さまのこのような役柄は今までから考えられなかったようなものですね。
橋蔵さまはこの一ヵ月前にはこれも異色作の「海賊八幡船」のロケで忙しくしていて、続いての「炎の城」と芸術づいてしまったのか、と少し大衆娯楽作品から遠のいた橋蔵さまでしたが、次の「若さま侍捕物帖」でお正月にふさわしい楽しい作品で、本来の橋蔵さまが戻ってきた時は、ファンの皆様は安心し嬉しかったことと思います。
私も小学高学年でしたが「炎の城」は理解し難く、あのような表情ばかりの橋蔵さまを見たいとは思いませんでした。橋蔵さまの茶目っ気ある表情、優しい表情、憂いのある表情、力強く美しい立回りが見られるのが一番です。でも、もう一回はリアルタイムでお目にかかる予定でいます。芙蓉様と同じで、年齢を重ねた現在だから、冷静な目と感覚で、私なりにこの作品の良さをいくつか見つけて見たい。橋蔵さまならではのよいところをね。
ただ、三田佳子さんは相手役としては好きではない一人なので、困っちゃいます。
口直しではありませんが、17日に見ることが出来るのであれば「大江戸評判記美男の顔役」を。橋蔵さまの持っている素敵なものが目いっぱい入っている作品ですから。笑いと涙で見られる楽しさいっぱいの作品ですから。

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[1274] 子供の時には理解できない作品

投稿者: 芙蓉 投稿日:2017年 7月12日(水)23時43分48秒   通報   返信・引用

「炎の城」今夜見ました。私はこの映画は映画館で見ていませんでした。
当時は「水戸黄門」見て、次に見たのは「若さま侍捕物帖」でした。
海賊八幡船と炎の城は大作と言われていたと思うのです。今までの橋蔵様とは違うというので見たかった
のですが、毎月映画館に行くことは親が許してはくれませんでした。
後で雑誌での批評などを見ていて、ファンの人達の受けがあまりよくなかったという事だったので、大人になってからもレンタルを借りて見たいとは思いませんでした。
この選択は正解だったと思いました。子供だった時には理解のしにくい映画だったと思います。
今回思い切って拝見いたしました。橋蔵様のあの素晴らしい笑顔でなく気が触れた表情、魅力あるあの目の動きで語るのではなく、気が触れた中に時々見せる正気の眼差しと、それまでとは全く別の役でした。違った役柄も素敵なのは大人になった今は受け入れられますが、やはり好きにはなれない方の映画です。「ハムレット」は好きでないので仕方のないことですね。
やはり大衆娯楽映画が一番です。

蒸し暑い日々が続いてうんざりしてしまいます。明日の夜は「若さま」を見て爽やかな気持ちになりたいと思っています。



[1270] 大川橋蔵の暮らしの手帖⇒たべもの

投稿者: 金糸雀  投稿日:2017年 7月 5日(水)00時36分5秒   通報   返信・引用   編集済

日本列島の南岸を猛スピードで台風が通過していきました。豪雨、雷、竜巻、突風と気象庁からの知らせが
大変でした。今年は日本上陸台風の来るのが速すぎです。この分では秋口までどれだけ来るのか、ちょっと
心配。

さて、今は東京は静かな夜になりましたので、ゆっくりと橋蔵さまのことを少し・・・といっても橋蔵さま
の作品のことでなくてすみません。
本1958年3月に出た雑誌(緋ざくら大名」がクランクアップしたあとに出たものです)に
「大川橋蔵読本」がありました。その中の「大川橋蔵の暮らしの手帖」という、スター橋蔵さまを数々の角
度から解明といったコーナーが載っていました。
そこから、前回の四方山話で食道楽の話(1957年)をしましたので、今回も食べ物の話からまいりたいと思
います。(私の見解でまとめてみました、悪しからず)

チキン肉ならなんでも

「ビフテキ、チキンカツ、ローストマーン、ハンバーグステーキ、フリカッセー・・まず、肉類ならば何で
もすきですね。肉類ならば、西洋料理に限ったことではなく、日本のすき焼き、シナ料理の豚肉類など、何
でも結構です」橋蔵さまは明るく笑って言うのです。
肉類だけでなく、天ぷら、うなぎも大好物です。
「三食ともに、こういうものならOKです」というのですから、骨の髄から脂っこいもの好きなようです。
何故そんなに好きなのか・・それは、何とかして太りたいということから、肉類を食べはじめ、そしてやみ
つきになってしまったそうです。ところが、太るほうは関係なく十六貫(60キロ)台を往復していますので、この頃では太るのを諦めていると言っています。が、依然好物となった肉類からは離れられないようです。
ある時、京都四条のレストランでハンバーグステーキを食べていた橋蔵さまはパンではなくライスを食べて
いました。もともとパン食はあまり好まないようです。橋蔵さまはライスをもりもりと食べていました。若
さにあふれた橋蔵さまの食事でした。

ご飯お茶漬けの味

橋蔵さまは、大食のほうではありません。
“腹八分目”というのがモットーです。平均して一食に軽く二膳。朝食には、お味噌汁の一杯は欠かしません。
選り好みはしませんが、「カッーと沸騰したおみおつけに日本ネギをザクザク切ったのを放り込んで少しおき、ちょっと柔らかくなったのを食べる」のが好きだそうです。江戸っ子らいしですね。
お茶漬けも嫌いではありません。
昔は、茄子、きゅうり、ウドといったさっぱりとしたものが好きだった橋蔵さまに取ってお茶漬けの味は郷愁なのかもしれません。
橋蔵さまは、さっぱりとした海苔の香とサビの匂いとお醤油の味の混じった江戸前の感じのものが好きだそうです。ただし、お茶づけは、撮影などで大多忙のとき以外はあまり食べないとのことです。。

魚も大いに食べますが、イワシが大好物です。
魚料理の神髄は”鰯に始まって鰯に終わる”とさえ言われるくらいの味を持っています。
「鰯のお刺身なんていうのは、あまり好きではありません。何か、わざとらしさが感じられて。ゲテにする
必要は少しもありません。サッと焼いてよし、煮てよしで、鰯はそうやって食べるのが好きです。」と言う
橋蔵さま。
川魚ではドジョウが好きです。とくに柳川鍋が好きな橋蔵さまです。
鰯といい、柳川といい、江戸っ子、それも下町好みの味覚、やはり柳橋に生まれたせいなのでしょうか。
橋蔵さまはこう言います。
「何を食べようかと思わず、黙って出された料理が肉であれば文句はありません。しかし、何を食べようか
と考えて食べるときには、柳川に限ったことでなく、時にはラーメンだって好きなのです。要するに、仕事
の忙しいせいもありますが、半月でも一か月でも、コロッケを出されても平気です。
だいいち、まだ何がうまいのか、何がいいのだと、口にするまで舌が枯れてはいませんよ」

酒お酒は適量

甘いものは好きではないようです。
「甘いものを食べると虫歯になる」と言われてきたことが、一種の潜在意識になっているようです。
撮影の時、ロケなどに行った時、キャラメルの一つも食べることはあるそうです。煙草を吸わないので、口
がさびしくて共演のスターさんから「トミイさん、どう?」などと出された時は遠慮なく頂戴することもあ
るということです。

お酒は嫌いではありません。
ビールは好きでなかったのですが、太りたいの一心から、ビールを飲めば太るというので、毎晩一本ずつ飲
んだそうです。ところが少しも太らない。ビールでもダメかと思った時には、ビールの味が忘れられなく
なっていて、嫌いだったビールも好きになってしまったそうです。
「でも、僕など、酒飲みの部類には入らないでしょうよ。要するに、適量主義ですからね」「何合が適量か
とはいえません。その時その日のコンディションによって違いますから。とにかく多少すごしても、乱暴し
たりしませんから、これが適量主義なのでしょう」と橋蔵さまは言っています。
どちらかと言うと、日本酒。洋酒ならブランデーが好きなようです。ウィスキーも飲みますが、ウィスキー
は仕事に疲れて神経がいらだっている時、睡眠薬代わりに一杯飲むのだそうです。

今日はこれまで。
当時の橋蔵さまの生活の一部分が見えましたでしょうか。また、抜粋して書いていきます。


◆芙蓉 様

橋蔵さまは、戦時中は野菜を食べていたと思いますね。女形であったので、細身でいなければならないから、けっして太るものは避けていたはずですよね。
ところが、映画界に来て立役ですから身体が大きくないと見劣りがしてしまうこともあり、食生活をがらりと変えてしまいました。今まで食べられなかった脂っぽいものを映画界に来たら食べても良いということになれば、仕事でエネルギーを消耗しますから好むようになりますね。・・・(野菜)カレーが大好物だったら、橋蔵さまの健康もまた違っていたかもしれませんね。


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[1269] 毎日のこと面倒なのがわかります

投稿者: 芙蓉 投稿日:2017年 7月 2日(日)16時54分33秒   通報   返信・引用   編集済

金糸雀様
お顔からは肉が大好きというようには見受けられませんでしたが、橋蔵様は本当に肉が好きだったのですね。撮影所ですから、今日は何にしょうかなど考えてもいられないし、食べている時間は余りなかったでしょうから同じものにしましょうとなってしまったのでしょう。
最近では、スタジオですと何種類かのお弁当があったり、ケイタリングで用意をしたりしているとこもあるようですが、あの頃は考えられませんでしたもの。
橋蔵様は一つの食べ物が気に入ると半月、一年と食べ続けるのが普通になって、鰻も好きで食べ続けたという事を聞いたことがあります。

映画「はやぶさ奉行」は初めてなので楽しみです。


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